「あの頃、もう少し勉強しておけばよかった」――大人になってから気づく、学生時代の本当の意味とは?
「学生時代に、もっと勉強しておけばよかった」
大人になって、そんな言葉を口にする人がいます。
では、その人たちは、学生時代の何を後悔しているのでしょうか。
単に、もっといい学校に行きたかったのでしょうか。
それとも、勉強ができなかったことで、仕事や生活に不便を感じているのでしょうか。
もちろん、理由は人それぞれです。
しかし、後悔の中身を考えてみると、少し違った景色が見えてきます。
「あのときは、勉強しなくても何とかなった」
学生時代、勉強が好きではなかった人の中には、こんなふうに振り返る人がいます。
「学校の勉強なんて、社会に出たら使わないと思っていた」
「テスト前に少し勉強すれば、何とかなった。だから、わざわざ毎日勉強する必要を感じなかった」
「親や先生から勉強しろと言われても、何のためにやるのか、よくわからなかった」
当時の自分にとって、それらは決して不自然な考えではなかったのでしょう。
勉強しなくても、毎日は過ぎていきます。友達と過ごす時間も楽しい。好きなことをしていれば、それなりに充実感もある。勉強を後回しにしたからといって、翌日に何かが大きく変わるわけでもありません。
むしろ、勉強しなかったことによる不利益は、すぐには現れないことのほうが多いのです。
だからこそ、当時は気づきにくい。
そして何年もたってから、かつての自分には見えていなかったものが、少しずつ見えてくることがあります。
大人になって初めて、自分の「選べなさ」に気づく
たとえば、仕事を続ける中で、新しい分野に挑戦したくなったとします。
ところが、その仕事には資格が必要だったり、専門知識が求められたりする。調べてみると、基礎となる数学や英語、文章を読み解く力が必要だとわかる。
そこで、ふと学生時代を思い出す。
「もっと真面目に勉強していたら、今ごろ違う仕事を選べたのだろうか」
もちろん、学生時代に勉強していれば、必ず希望の仕事に就けたとは限りません。
それでも、挑戦するための条件を満たせていたかもしれない。少なくとも、最初から諦めずに済んだかもしれない。
後悔の正体は、単純な学力不足だけではありません。
本当につらいのは、
過去の自分が、将来の自分の選択肢を狭めていたかもしれないと、
気づくことなのです。
学生時代には、勉強をしないという選択をしても、その先に何があるのか、具体的には想像できません。
しかし、大人になれば、選択肢がある人と、
条件が整わず選べない人の違いを、
現実の問題として感じる場面が出てきます。
そこで初めて、勉強の意味を別の角度から理解する人がいるのです。
「勉強しておけばよかった」の中には、もう一つの後悔がある
もっと考えさせられるのは、こんな振り返りです。
「別に、勉強ができなかったから人生に失敗したわけではない。でも、
あの頃、もう少し本気になっていたら、
自分がどこまでできるのか試せたんじゃないかと思う」
この後悔は、成績や学歴だけの問題ではありません。
当時は、面倒だからやらなかった。苦手だから避けた。
頑張っても無理だと思って、最初から本気を出さなかった。
しかし、時間がたつと、別の疑問が生まれます。
「本当にできなかったのだろうか。それとも、できるかどうかを確かめるところまで、努力しなかったのだろうか」
もちろん、努力すれば誰もが望んだ結果を得られるわけではありません。
どれだけ頑張っても、思うような結果にならないことはあります。
それでも、挑戦した末に届かなかったことには、自分なりに取り組んだ経験が残ります。
挑戦しないまま終わったことには、
「もし、あのとき」という問いが残ることがあるのです。
学生時代に戻ることはできません。
だからこそ、当時の自分がどこまでできたのかを、今になって確かめることはできないのです。
それでも、当時の自分を責めるだけでは何も変わらない
ここまで読むと、学生時代に勉強しなかった人は、
みんな後悔しているように感じるかもしれません。
しかし、そうではありません。
勉強以外の経験から大切なことを学んだ人もいます。
仕事を通じて能力を伸ばした人もいれば、
大人になってから学び直し、新しい道を切り開いた人もいます。
学生時代の過ごし方だけで、その人の人生が決まるわけではありません。
また、当時は勉強する意味がわからなかった人に対して、
今の視点から「あのとき努力すべきだった」と言うのも簡単ではありません。
その年齢では見えなかったものが、大人になって初めて見えることもあるからです。
ただ、だからこそ、今、勉強している生徒たちには知っておいてほしいことがあります。
勉強の価値は、テストの点数や合格した学校の名前だけでは測れないということです。
今は使い道がわからない知識も、
今は面倒に感じる練習も、
将来、自分が何かを選ぼうとしたときの土台になることがあります。
そして、わからないことに向き合い、
すぐに答えが出なくても考え続ける経験は、
勉強以外の場面でも生きてきます。
今の自分には、まだ見えていない未来がある
教室では、今日も生徒たちが机に向かっています。
目の前の問題を解くことに集中している生徒もいれば、なかなか答えが出ず、考え込んでいる生徒もいます。
その一つひとつの時間が、将来どのような形で役立つのか。今、すべてを理解する必要はないと思います。
ただ、いつか大人になったとき、今の自分を振り返る日は来るでしょう。
そのとき、勉強しておけばよかったと思うのか。
それとも、あのとき頑張っておいてよかったと思うのか。
未来の自分が何を感じるかは、今の自分にはわかりません。
けれども、少なくとも、
今日取り組んだ問題の一つひとつは、なかったことにはなりません。
勉強する意味は、今すぐわからなくてもいい。ただ、意味がわからないからといって、可能性まで手放してしまわないでほしい。
大人になってから過去を振り返るとき、
誰もが「あのとき、こうしておけばよかった」と思うことの一つや二つはあるのかもしれません。
だからこそ、未来の自分にすべてを委ねるのではなく、
今の自分にできることを、少しずつ積み重ねていく。
その時間には、きっと意味があるはずです。
個別指導Axis一乗寺校