🧘♂️ なぜ、人は「考える人」になるのか。 ―「分からない」の、その先へ。🧘♀️
なぜ、自分で考えようとする人と、そうしない人がいるのか。
教室を見渡すと、同じ時間、同じ場所で勉強していても、生徒の姿は一人ひとり違います。
問題をじっと見つめ、何度も考えている生徒。
分からないところを自分なりに整理してから質問する生徒。
一方で、少し分からないだけで、すぐに「答えを教えて」と尋ねる生徒もいます。
では、
なぜ人は、自分で考えようとする人と、そうしない人に分かれるのでしょうか。
これは、単純に「頭の良さ」や「勉強への意欲」の違いだけではないように思います。
そもそも、人間はなぜ学ぶのか。
人類の歴史を振り返ると、学校も教科書もありませんでした。
それでも人間は、周囲を観察し、誰かの行動を真似し、失敗しながら学んできました。
火の扱い方。
道具の使い方。
食べ物の見つけ方。
危険から身を守る方法。
最初の「学び」は、勉強するためのものではなく、生きるためのものだったのでしょう。
そして人間は、経験を言葉にし、文字に残し、本や学校という形で次の世代へ伝えるようになりました。
自分が経験していないことまで学べる。
これは、人間が長い時間をかけて手に入れてきた大きな力です。
しかし、ここで重要なのは、知識を受け取るだけでは人間の学びは終わらないということです。
「分からない」に出会ったとき、人はどうするのか。
自分で考えるということは、実は簡単ではありません。
分からない。
自信がない。
間違っているかもしれない。
そんな不確かな状態にしばらく耐えながら、
「なぜだろう?」
「別の方法はないだろうか?」
「ここまでは分かっている」
と、自分の頭の中を探していく必要があります。
だからこそ、すぐに答えを求めること自体が悪いわけではありません。
人間には、できるだけ効率よく問題を解決しようとする面があります。
分からないなら誰かに聞く。
知らないなら教えてもらう。
それも立派な学び方です。
ただ、いつも誰かがすぐに答えを与えてくれる環境にいると、
「考える」より「答えを待つ」ほうが楽になってしまうことがあります。
反対に、自分で考えてみた結果、
「分かった!」
「自分で解けた!」
という経験を持つと、今度は「もう少し考えてみよう」という気持ちが生まれます。
つまり、自分で考える力は、最初から決まっているものではなく、経験によって育っていくものなのかもしれません。
だから、教育では「すぐに教えない」ことも大切になる。
先生が答えを教えることは簡単です。
しかし、ときには少し待つ。
「どこまでは分かっている?」
「なぜそう考えた?」
「別の方法はないかな?」
と問いかける。
すると、生徒はもう一度、自分の頭の中を探し始めます。
もちろん、何でも自力で解決させればいいわけではありません。
必要なときには教えてもらう。
教えてもらったことを、自分で考えて使ってみる。
間違えたら、また考える。
「教えてもらう」と「自分で考える」を 行き来すること。
その繰り返しが、学びを深くしていくのだと思います。
「考える人」は、特別な人なのか。
写真の教室を見てみると、誰も同じ方向を向いていません。
それぞれ違う問題に向き合い、違うペースで学んでいます。
でも、その中で共通していることがあります。
一人ひとりが、自分の「分からない」と向き合っていることです。
人間は、何千年もの間、「分からない」ものに出会うたびに考え、試し、誰かから学び、また考えてきました。
その積み重ねによって、知識は次の世代へ受け渡されてきました。
一冊の教科書の中にも、そうした長い人間の営みが詰まっています。
そして今、その知識を受け取っているのが、目の前の生徒たちです。
だからこそ、私たちが育てたいのは、単に「答えを知っている人」ではありません。
分からないときに、すぐに諦めるのではなく、少し立ち止まって考えてみる人。
「なぜ?」と問い、
「本当に?」と確かめ、
「やってみよう」と試してみる人。
自分で考える人と、そうしない人の違いは、
生まれつき決まっているものではないのかもしれません。
小さな「自分で分かった」という経験を重ねることで、人は少しずつ、自分の頭で考えることを覚えていく。
学ぶとは、答えを集めることではなく、問いを持てるようになること。
そんな学びの場を、私たちはつくっていきたいと思います。
個別指導Axis一乗寺校
「今の勉強のつまずき、無料体験授業で見えてくるかもしれません。一乗寺・修学院・北山・松ヶ崎・高野・茶山エリアで塾をお探しの方」はこちら
体験授業







































































